「メーユと魔法の手紙」

プロローグ

昔々のお話しです。

 

 

地獄という世界に、悪魔大王の娘がいました。

 

名前をメーユといいます。

 

あるときメーユは、悪魔の世界と天国とを繋ぐトンネルを偶然にも発見します。

 

天国という世界を、噂でしか聞いたことがなかったメーユは天国を見てみたいと思いました。

 

そして、そのトンネルを通り、天国へと向かいました。

 

地獄から天国への一方通行の道とは知らずに…

 

 

天国に出たメーユは驚きました。

 

天国では皆が仲良く楽しそうです。

 

地獄は弱肉強食で殺伐とした世界です。

 

その地獄で育ったメーユは、皆が仲良く楽しそうに暮している世界は居心地が悪く感じました。

 

そしてすぐさま、来た道を引き返そうと思いましたが、そこにはすでに道はありませんでした。

 

その時でした。

 

ひとりの天使がメーユの存在に気付きました。

 

そしてこういいました。

 

 

「悪魔さん、ようこそ天国へ」

 

 

天使は歓迎してくれているのですが、その万遍の笑みが無性に気に入らないメーユは思わず、自慢の大きな爪で、天使の羽根を引きちぎってしまいました。

 

深く傷ついた天使は、メーユに魔法をかけて可愛いヤギの姿に変えてしまいました。

 

そして、天使からこう言われました。

 

 

 

「悪魔さん、どうか「愛」を知ってください。」

 

 

 

「あなたが、元の姿に戻って地獄に帰れるようになるには、あることをしなければなりません。

 

 

それは、手紙を書いて送ることです。

 

 

手紙を送る相手は誰でも構いません。

 

 

しかし、受け取った相手が本気で感動し、愛を伝えた時に、魔法は解けて、本来のあなたの姿に戻ることが出来ます。」

 

 

天使はそう告げると、5枚の便箋と、5枚の封筒と、5枚の切手を可愛いヤギの姿になったメーユに手渡しました。

 

 

「その5枚の手紙が無くなったら永遠に魔法は解けません。 いつ、誰に、どんな手紙を出すのかよく考えてください。」

 

 

天使は引きちぎれた羽根を拾いあげると簡単に修復し、何事もなかったように飛んでいきました。

 

 

可愛いヤギの姿になったメーユは自慢の鋭い爪も、獲物を突き刺す尻尾も無くなっていることに気づくと言葉を失いました。

 

 

そして水面に写った自分の顔をみて嘆きました。

 

「こんな可愛いヤギの姿をした悪魔が愛される手紙を書ける筈がないわ…そもそも誰に手紙を出せばいいのかわからない…」

 

 

天国は不思議な世界です。

 

お腹は空きますが、食べなくても平気でいられます。

 

眠たくもなりますが、寝なくても平気でいられます。

 

 

 

 

いったいどのくらいの時間がたったのでしょう。

 

可愛いヤギの姿のメーユは立ち上がり、力強く決意しました。 

 

 

「手紙を書くしかないみたいね。 そして必ず元の姿に戻るわ。」

 

 

そう言って5枚の便箋と、5枚の封筒と、5枚の切手を拾いあげると、何かに気付き、しばらく黙り込んでからこう言いました。

 

 

 

 

「 ペンがないわ…」 

 

第一章 テガー



ここは天国です。



実は天国にもお店はあります。


天国では、食べなくても平気ですが、お腹は好きます。


天国では、眠らなくても平気ですが、眠ることもできます。


天国の住民たちは、毎日を楽しく過ごす為に、昼間は働いたり運動をしたりと自由な時間を過ごします。


そして、夜になると眠ります。 ですから、ありとあらゆるお店が天国にはあります。


それはまるで人間の世界のようです。



ここに、小さなお店があります。



営んでいるのは1匹のヤギでした。



ヤギの名前はテガーといいます。


テガーのお店には、小さいながらも沢山のペンが置いてありました。


どうやらペンの専門店のようです。




♬テガー

「僕のお店をのぞいてごらんよ。


沢山のペンがあるよー


お店は小さいけれど、世界を旅して集めたペンたちなのさー


君の欲しいペンがきっとみつかるよー


お客はあまりこないけど、今日もテガーのお店が開店するよー‼︎」




テガーはそう歌いながらお店を開けました。



お店は開店しましたが、今日も相変わらずお客さんはいません。




テガーは、お店の片隅にあるお気に入りのアンティークな椅子に座ると、大きなため息をつきました。



「ふう。」



そして壁に目をやりました。



壁には、羽根の模様がついた綺麗なペンが額に入れて大切そうに飾ってありました。



そしてペンを見て、テガーはつぶやきました。




「ずいぶん昔のことのように感じるよ…」




「僕はもう決めたんだ…」



そのときでした。



お店の前に、ピンク色の可愛いヤギが息を切らせて立っていました。



「ハァ…ハァ…ハァ…」



それは天使の魔法で可愛いヤギの姿に変えられたメーユでした。



「よ、ようやく辿りついたわ。 町の人に聞いて走ってここまできたのよ…」



「ここがペンなら何でも売ってるお店よね。あのね、ペン、ペンをちょうだい。」



♬メーユ

「ようやく辿りついたペンの専門店にー 

三つの山を越え、二つの谷を越えー私はやってきたー

ペンがないと先には進めないのー

だから私にペンをちょうだいー

とにかく早くー」




テガーはびっくりしました。



こんなに急いでペンを買いに来たお客が初めてなのと、メーユの姿が自分とそっくりのヤギの姿だったからです。



「君はどこから来たんだい?」



テガーは尋ねました。



「そんなことはどうでもいいの、とにかく私は早くペンが欲しいの」



メーユはテガーの質問には答えずに店内を見回して、近くにあったペンを手に取ると



「これでいいわ。これちょうだい」



メーユはペンを持ったままお店を出ようとしました。



「ちょ、お客さんお金、お金、ペンの代金払ってよ」



テガーは慌てて言いました。



「えっ? お金いるの?」



メーユはびっくりしています。



テガーも驚いてこういいました。




「お客さん、もしかして天国にきてから間もないの?

天国だって物を買うにはお金がいるんだよ。

お金がないならペンは売れないよ。」




「そ、そう…、悪かったわね。また出直すわ。」



メーユはさっきまでの勢いがなくなり、落胆しながら言いました。



あまりにメーユが落ち込んでいるので、テガーは優しく声をかけました。



「このお店にあるペンは僕が世界中を旅して集めたものさ。 もし良かったら見ていかないかい?


それに、そんなに急いでペンがいるってことは、何か書きたいんだろ。タダでは売れないが、試し書きならどれだけしてもいいよ。」



「本当に⁇ ありがとう‼︎」



メーユは素直に喜びました。



そして、テガーの店に来た時のようなテンションに戻りました。



しかし、メーユの心の中は少し複雑でした。



(…わたしずいぶんおかしくなってる…わたし悪魔なのに、なんだか素直ないい子みたい…天国にいるとこうなってしまうの?


天国に住む町の人々はすごく優しかったわ…


ペンが無いからペンがあるところを聞いたら親切に場所を教えてくれて地図もくれた…


そして、今、この人もすごく親切にしてくれている…


ちょっと待って…もし私が悪魔だと知ったらどうなるんだろう…


やはり悪魔には優しくしないわよね…



とりあえず、今は正体を隠しておかないと…)




何やら考え込んでいるメーユにテガーは言いました。



「自己紹介がまだだったね。僕の名前はテガーさ。君の名前は?」



「わ、わたしはメーユ」



メーユは答えました。




「さあ、メーユ、これが僕の自慢のペン達だよ。沢山あるだろ」



テガーは自慢げにお店の中をメーユに見せました。



「わぁ、すごい」



メーユは驚きました。



さっきまでは慌てていて、お店の中をしっかり見ていませんでしたが、こうして落ち着いてみると、すごく沢山のペンがありびっくりしました。



綺麗なペンもあれば、ボロボロのペンもあり、長いペンや短いペン、重いペンや軽いペンそれはそれは沢山のペンでした。



「どれでも好きなのを試し書きするといいよ」



テガーはまた自慢げに言いました。



「ありがとう」



メーユは言いました。




メーユは素直な自分に戸惑いながらもペンを見回していると、気になるペンを見つけました。



それは壁に飾ってある額に入ったペンでした。



そのペンはとても綺麗で羽根の模様がついていました。



「テ、テガーさん」



メーユは声をかけました。



「テガーでいいよ」



被せ気味で、テガーが言いました。



「じゃあ、テガー、あの壁に掛けてある額に入ったペンは何?」



テガーはメーユの質問に少し困った表情をしましたが、すぐに答えました。



「ああ…あのペンは、昔ある人から貰ったんだけど、何故か全く書くことが出来ないのさ。インクの残量も まだあるし、ペン先だって潰れていないのにね。


いろいろと試してみたけど、どんな紙に書いても全く書けないんだよ。


だからああして飾ってあるのさ。


書けないペンはペンじゃないからね」



するとメーユは少し考えてこう言いました。


「テガー、よかったらそのペンを試し書きさせて貰えないかしら?」





テガーは驚いた様子でメーユに言いました。



「おいおい、話を聞いてなかったのかい? あのペンは何に書いてもインクが出ないから書けないよ。 もう何年も試したからわかるのさ。


まぁでも、気に入ったのならメーユにあげるよ。もう僕には必要ないからね。」



そういうとテガーは壁から額を外し、ペンを取り出すとメーユに差し出しました。




メーユはペンを受け取ると、テガーのお店のノートに試し書きをしてみました。



やはりインクは出ずに書くことは出来ませんでした。



「ほらね、本当にそれはメーユにあげるから、ちゃんとしたペンを選びなよ」



テガーはメーユの顔を見ずに言いました。




メーユは何だか考え込むと自分のポケットから便箋を取り出しました。



そう、取り出したのは、あの天使から貰った便箋です。




「テガー、何故だかこの便箋には書ける気がするの…」



テガーはその便箋をみて驚きました。



「そ、それは…」



テガーが驚いたのは、書けなかったペンと、メーユが持っていた便箋のデザインが似ていたからでした。



便箋には羽根の模様がついていました。



早速、便箋に試し書きするメーユ。



「ほら、見て‼︎」



スラスラとインクが出て、まるで便箋の上でペンが踊るようでした。



「ちょっと、貸してみて。」



テガーはメーユからペンを受け取ると、便箋に試し書きをしてみました。


確かにスラスラと書くことができます。


テガーは店のノートに書いてみました。


やはりインクは出ません。



またメーユの便箋に書いてみました。


やはりスラスラと書くことが出来ます。



「こんなことが…」



テガーは驚きを隠せませんでした。




「書ける紙が見つかってよかったね。」



ニッコリとテガーに微笑みかけるメーユ。



すると、ペンをテガーに差し出しました。



「大事なペンだったんでしょ。 もらうわけにはいかないわ。」




少し考えてテガーは答えました。



「一度あげると決めたから、そのペンは君のものだよ。それに僕にはもう必要ない物だから…」




メーユも少し考えました。


そしてこう言いました。


「じゃあ、こうしましょう。 私の便箋を一枚あげるわ。 そして、テガーが必要になったときにはペンを返すわ。 それでどう?」




「でも、メーユも便箋を沢山持ってるわけじゃないんだろ? しかもその便箋は特別で大事なものじゃないのかい?」



テガーは心配そうに聞きました。



「大丈夫よ、便箋は全部で5枚もあるの。切手と封筒のセットだから、テガーにもセットであげるね。」



封筒と切手もペンと同じデザインで羽根の模様がありました。




「でも、やっぱりこれは大事なものだから貰えないよ」



テガーはメーユに便箋と封筒と切手を返しました。




「もう、カチカチ頭なんだから。 じゃあ、こうするしかないわね。」




メーユは便箋をおもむろに折りだすと、あっという間にお花の形になりました。



もともと綺麗な便箋だったので折り紙にしたら本物のお花のようでした。



「ここに飾っておくね。」



メーユはお花の折り紙にした便箋をテガーのお店の看板にちょこんと取り付けました。




「そして切手と封筒はここに…っと」



さっきまで書けないペンが飾ってあった額に切手と封筒をいれると壁に戻しました。



「意外に、いいじゃない。」



封筒と切手も綺麗なデザインなので額に入れて飾るとまるで絵画のようです。



メーユの行動にテガーはあっけにとられてしまいこう言うしかありませんでした。



「あ、ありがとう、メーユ」



「どういたしまして」



メーユはお姫様がドレスの端をつまんでするような挨拶で答えました。



「ふふふ…」



どちらからともなく、2人は笑い始めました。 



♬メーユ 

「こんなことってあるのかしらー 

(私は悪魔なのに、天国が楽しくなっきたのー)」



♬テガー 

「こんなことがあるんだねー 

(何年も探してきたものが、目の前にあるー)」



♬メーユ 

「もしかしたらこれが運命なのー

(悪魔というのはもちろん内緒だけど…)」



♬テガー 

「こんな出会いを待っていたのかもー 

(メーユは何だか懐かしい匂いがする…)




♬メーユ

♬テガー 

「今は、とにかく思いのままにー 時間に流されて生きてみようー


それもまた運命だからー 細かいことは気にせずにー


ありのままに生きてみようー やはりそれが運命だからー」





「そういえば、君は慌ててペンを買いにきたけど、大丈夫なのかい?」



テガーが言うとメーユはハッとしましたが、すぐにこう言いました。




「とくに急ぐ用事では無いんだけど…思い立ったらすぐに行動したい性格だから…」




「そっか、慌ててペンを買いにきたのはメーユが初めてだったからびっくりしたよ。」




「ふふふ…」


「ふふふ…」



またどちらからともなく笑いはじめました。



二人は楽しそうでした。




しかし、テガーはメーユが悪魔だとは気づいていません。



メーユもテガーに悪魔だとは言えないし、もう知られたくないと思い始めていました。



第2章 魔法の手紙


テガーとメーユは、先ほど試し書きをした便箋を見ながら、何やら話しています。



「メーユはこの便箋と封筒と切手はどこで手に入れたんだい?」



テガーに聞かれたメーユは動揺しました。



天使に試練を与えられたなんて言ったら、自分が悪魔だってことがばれてしまうかもしれないと思いこう答えました。



「道で出会った人にもらったの。 人助けしたお礼に…って。」



「人助け?、キミが?」



テガーは出会ったばかりなのにメーユの事を昔から知っているような口調でいいました。



「な、なによ、私が人助けしちゃいけないわけ。」



メーユは少し口をとがらせ怒りましたが、何か見透かされているような気がしてテガーの顔は見れませんでした。




テガーは何かを確信すると、メーユに向かっていいました。



「ごめんごめん、言い方が悪かったね。謝るよ。 それでメーユはこれの使い方がわかるのかい?」



テガーの手には切手がありました。



「これって切手じゃないの?」



メーユはごく普通に答えました。



「いや、よく見てごらん。普通の切手は料金が書いてあるだろ。 この切手は料金が書いてないんだ。」



そうテガーがいうと、メーユも切手をみましたが、確かに料金は書かれていませんでした。



その代わりに、ネコのマークと無限大のマークが書かれています。



テガーが言いました。


「この切手も便箋も封筒もおもちゃには思えないんだけど… でも普通には使えないような気がするし…」



メーユは考え込んでいるテガーを見てこういいました。



「試しに使ってみようよ‼︎」




テガーはメーユの大胆な発想にびっくりしましたが、確かに考えていても仕方がないので、試しに使うことにしました。




「とりあえず、さっき試し書きした便箋を封筒に入れて、切手を貼って…」



メーユがそう言いながら切手を貼った瞬間、封筒が七色に光りました。



「何なに??」


驚くメーユ。



「なにが起きたんだ‼︎」


テガーもびっくりしています。




そうすると、光の中から一匹のネコが出てきました。


ネコは白とグレーが混じった毛の色で、台車に乗っています。


ネコの手には封筒があります。


そして、メーユの顔をみると面倒くさそうにため息をつきながら言いました。


「ふぅ。困るんだよねー、素人は」


メーユとテガーは驚いて声もでません。


台車に乗ったネコは続けました。


「ちゃんと宛先を書いてもらわないとー

いったいどこの誰に届けていいかわからないよねー?

僕らもねー、遊びで台車ネコやってるんじゃないんだからさー。」


メーユは驚きながらも、ようやく口を開きました。


「ネ、ネコさん。どっからでてきたの?

手紙をネコさんが運んでくれるの?

宛先ってどこでもいいの?」


メーユの質問に、台車に乗ったネコは答えました。


「質問多いねー 答えてあげるけど、 まず、訂正からしとこうかー

僕はネコさんじゃなくて、台車ネコ。


魔法の手紙の配達係さ。


魔法の切手の中に住んでいて、魔法の封筒に貼られた瞬間から僕らの仕事は始まるのさ。


僕らはどこにでも一瞬で、魔法の手紙を運ぶことが出来るよ。


天国の世界はもちろん、それ以外の世界にも…。


宛先がわからなければ、手紙を出す相手をイメージすれば、それで届けることができるのさ。

もちろん、会ったことのある相手に限るけどね。」



台車ネコの存在と説明に、驚くテガーとメーユでしたが、テガーは手紙を手にするとようやく口を開きました。


「魔法の手紙…これが、魔法の手紙なのかい?」


テガーは長年の探し物を見つけたような口調で聞きました。


「そうさ。これが魔法の手紙さ。 早く届け先を決めてくれよ。」



台車ネコは少し自慢げです。


台車ネコ♬

「僕の名前は台車ネコー 

魔法の手紙の配達係さー

いつでもどこにでもお届けするよー

それが魔法のチカラなのさー

嘘だと思うなら試してごらんよー

今すぐお届けしてみせるからー。」



テガーはメーユの顔をみて言いました。


「試してみていいかい?」


「もちろんどうぞ。」


メーユはニッコリと微笑み即答しました。


テガーは、辺りを見渡すと、ひとつ向こうの山の上にある帽子屋をゆびさして台車ネコにこう言いました。


「あの帽子屋に届けることが出来るかい?」


「もちろん、簡単なことさ。」


台車ネコはそう告げると、台車から降りて、手紙を台車に乗せてゆっくりと台車を押し始めました。


テガーとメーユは心の中で同じ事を思いました。


「台車使うのか…」


2人がそう思った瞬間に台車ネコは消えてしまいました。


そして、ひとつ向こうの山の帽子屋の窓から、キリンが首を出てきてキョロキョロしています。



それをみたテガーがいいました。


「メーユ、魔法の手紙は本物だよ。


あの帽子屋のオーナーはキリンなんだよ。だからここからでも長い首がよーく見えるだろ。


僕らが送った手紙は、差出人も書いて無いし、内容だってただの試し書きさ。


そんな手紙が届いたら真っ先に周りを見渡すだろ。


予想した通りになったよ。


間違いなくココにあった手紙が一瞬で帽子屋のキリンのもとに届いたんだ。」



メーユはテガーの頭の回転の早さに感心しました。

と、同時に疑問になることがありました。


(テガーは魔法の手紙の存在を知っていたのかしら…)


メーユはテガーに聞くことは出来ませんでした。


そのことを聞いてしまうと、また魔法の手紙をどうやって手に入れたのかをテガーに聞かれると思ったからです。


「どうしたんだい?メーユ?」


すっかり考え込んでしまっていたメーユにテガーが言いました。


「な、なんでもないわ。この手紙が魔法の手紙なんて驚いてるだけよ」


メーユはまたテガーの顔を見ずに答えました。


「そうだよね、僕もびっくりしたよ。」


テガーはメーユの動揺には気づいていないようでした。


すごく嬉しそうなテガー。


テガーの喜びを不思議に思うメーユ。



そして今、地獄と天国をつなぐトンネルが再び開いて、1匹の悪魔が天国に向かっていました。






その悪魔はメーユの婚約者である、悪魔王子エアメーでした。


第3章 悪魔

 

メーユとテガーは魔法の手紙を手に入れました。


使い方も台車ネコに聞いて、ひととおり理解出来ました。



テガーは言いました。


「メーユはこの魔法の手紙をどう使うつもりなんだい?」


テガーのあまりにも直接的な質問に、メーユはすぐに答えることは出来ませんでした。


メーユが天使から与えられた試練は、この手紙を使って愛を知ることでした。


メーユは今だに、何をしていいのかさっぱりわかりません。


何を書いて誰に手紙を出せば、愛を知ることが出来るのか…



少しの沈黙のあと、メーユが口を開きました。


「テガーなら、誰に魔法の手紙を出すのかしら?」


テガーは少し考えながら言いました。


「魔法の手紙といっても、普通の手紙と違う事と言えば、あの変なネコがすぐに届けてくれる事と…あとは…」


「相手の住所が分からなくても、知ってる人なら届けてくれるって。」


メーユがそう言うと、テガーもそうそうと相づちをうちました。


「それにもうひとつ、天国以外の別の世界にも届けることが出来るって言ってたよね。」


テガーがそう言うと、メーユはハッとしました。


(天国以外の世界って…もしかしたら地獄にも手紙を送ることが出来るのかしら…


そうしたら、父である悪魔大王に手紙を出せば、この天国まで迎えに来てくれて、私を地獄に戻してくれるかも…


父ならきっとここまで来ることが出来るはず…そして私を元の悪魔の姿に戻してくれる…)



メーユは天国の世界が、少しずつ好きになっていました。


初めて天国に来た時は、平和な人たちの暮らしが馴れ合いに見えて、とても嫌な世界だと思いました。


メーユが育った悪魔の世界とは全く真逆だったからです。


人は優しく、暖かく、親切で誰もが平和的で争いが無い世界…


天国にいると悪魔ですら優しくなれました。


テガーに出会って、正体がばれたく無いと思い、このまま天国で過ごしてもいいとさえ思い始めていたメーユでした。


しかし、地獄に帰る方法が見つかったとなると、メーユの気持ちも揺れ始めます。


地獄といえど、メーユの育った世界です。


毎日、争いや奪い合いが絶えない秩序の無い世界ですが、そこにはメーユの父もいます。


そして婚約者もいます。


メーユは自分の中で、地獄に帰りたい気持ちが大きくなっていくのを感じました。


(帰ろう、地獄へ…私の居るべき所へ…)


メーユは決断しました。


そして、テガーに自分の正体を打ち明けることにしました。


メーユは言いました。



「テガー、ちょっと話があるの…」



「な、なんだい…急に深刻な顔をして」


テガーもメーユの表情が変わったのが分かりました。


メーユは続けました。



「私、実は……」



言葉に詰まるメーユ。



「実はなんだい?」



聞き返すテガー。



「驚かないでね、実はね、私…」



そこまでメーユが言いかけた時でした。



「だ、だれかー、助けてくださいー ぼ、坊やがー」



大きな鳥がメーユとテガーに向かって飛んで来ました。


大きな鳥はメーユとテガーの前までくると、取り乱しながらこう言いました。


「さっき、あの森に悪魔がいたの…そして、私の子供を鋭い爪で掴んで奪って行ったの…」


「ああ、私の大事な坊や……」 


「あ、悪魔ですって⁈」


メーユは驚きを隠せませんでした。


「それで、悪魔はどっちに行ったんだい?」


テガーは冷静に母鳥に聞きました。


「に、西の森のほうに坊やを連れて飛んで行ったわ… 私も懸命に後を追ったけど、この羽根では…」


母鳥の羽根は無残にも一部が引きちぎれていました。


「坊やを守ろうとして 悪魔にやられたの…」


メーユはその母鳥の傷をみてショックを受けました。


確かに悪魔の爪による傷跡だったからです。


「どんな悪魔があなたを襲ったの?」


メーユはとっさに聞きました。


母鳥は言いました。


「角が4本あって、羽根が4枚あるとても恐ろしい姿をしていました…」


母鳥の言葉に、メーユは驚愕しました。



(4本の角と4枚の羽根…間違いない… エアメーだ…)



メーユの身体は少し震えているようでした。


それは恐怖で震えているのではありません。


メーユはさっきまで、悪魔の世界に帰ろうと決めていました。


しかし、平和な世界で暮らしている親子の鳥を、自分の婚約者であるエアメーが襲ったことに、怒りを覚えました。


と同時に自分が悪魔であることが悲しく思い、戸惑いと、怒りと、悔しさが混じりメーユの心と身体を震えさせていたのでした。


「母鳥さん、坊やはきっと私が見つけて、助けてあげるから。」


メーユは母鳥の目を見てしっかりと言いました。



テガーも怒りを隠しきれない様子でした。


「この世界に、悪魔なんて必要のない存在さ…」


テガーはそう言うと、メーユの顔をじっと見つめました。


「行こう、メーユ、坊やを助け出そう。」


西の森の方へ行こうとするテガーにメーユが言いました。


「ちょっと待ってテガー。」


メーユは辺りを見渡すと、長い草を見つけてちぎりました。


そして母鳥の傷ついた羽根に草を巻きました。


「これは薬草なの。今はこんなことしかしてあげれないけど…」


メーユは申し訳なさそうに母鳥に言いました。


母鳥はメーユにお礼を言いましたが、メーユはうつむいたまま返事をしませんでした。


その様子をテガーは何も言わずにだだ、見守っていました。


「さあ、行こうメーユ。」


テガーはメーユに手を差し伸べました。


メーユは黙ってテガーの手をとりました。



そして2人は西の森のほうへと、坊やを探しに行きました。


第4章 深い森

 

メーユとテガーは西の方へと歩いていくと、木が生い茂る森に足を踏み入れました。


メーユは鳥の坊やを探すために、上の方をキョロキョロと見ながら歩いています。


テガーはその様子をみて、森の木の間を食い入るように見つめ、坊やと坊やを連れ去った悪魔の手掛かりを探していました。


2人は必死に手掛かりを探しましたが、全く見つかりません。


もうすっかり周りは薄暗くなっていました。


どれくらい歩いたのでしょう。


深い森の奥の方へとたどりついた、テガーは周囲に目を配り痕跡を探しながら、メーユに聞きました。


「メーユはどう思う?」


メーユはその質問に足を止めてテガーの顔を見て聞き返しました。


「どう思うって?」


「悪魔の話さ…」


テガーも足を止めてメーユの顔を見て話しました。


テガーは続けました。


「悪魔って本当に存在するのかな…」


メーユはテガーの言葉に耳を疑いました。


そして興奮気味に言いました。


「テガーは、悪魔の存在を疑ってるの? あの親鳥の傷跡は間違いなく悪魔の爪でやられたものだわ‼︎」


「メーユ、そういう意味で言ったわけじゃないだよ。


ただ僕は…」


そのときでした。


「ブハハハハハハハハブハハ」


テガーの言葉を消すぐらい大きな笑い声が、木々の上のほうから聞こえてきました。


テガーとメーユは、笑い声が聞こえた木の上に目をむけました。


そこには、4本の角と4枚の羽根をもった悪魔が空を飛びながら、こっちをむいて笑っていました。


(やはり、エアメー‼︎)


メーユはとっさに石を拾うと渾身の力でエアメーに投げつけました。


エアメーは軽く石をかわすと、メーユに向かって言いました。 



「話しは聞こえていたぞ。


お前、メーユって名前なのか…


笑えない冗談だな…」



メーユは心の中で動揺しました。


自分の正体がバレたのではないかと思い、声もだせません。


テガーのほうをチラッと見ると、テガーも必死の形相でエアメーを睨んでいました。


そして手には、いつの間にか拾った石を握りこんでいました。


エアメーは続けました。


「俺のフィアンセもお前と同じメーユって名前なんだぜ。


もちろん、お前みたいなちんちくりんなヤギじゃなくて、すごく怖い悪魔だけどな…ブハハハハハハ 」


エアメーは、羽ばたきながらまた大きな声で笑いました。


テガーはその瞬間に持っていた石をエアメーに投げつけました。


またもやエアメーは軽く石をかわすと、一瞬でテガーのそばまで飛んできて、耳もとでこう言いました。


「俺の名前は悪魔王子エアメーだ。お前らみたいなヤギが100匹集まって束になっても俺に傷ひとつ付けることは出来ないぞ…」


また一瞬で、空高く舞い上がると


「ブハハハハハハハハハハ」


とエアメーは笑いました。


エアメーの俊敏さになす術がなく、ただ呆然と立ち尽くすテガーとメーユでした。


(悪魔の姿に戻れたなら、エアメーと勝負ができるのに…)


メーユはそう思いましたがどうしようもありません。



そのとき、テガーが口を開きました。


「おい、悪魔‼︎ お前、鳥の坊やをどうした?何処に連れ去った‼︎」


エアメーはいい質問だというような仕草をして、テガーにいいました。


「鳥の子供はあるところに隠してある。

返して欲しかったら、地獄に帰る方法を教えろ‼︎ 

そしたら鳥の子供は返してやる」


テガーは言いました。


「地獄に帰る方法だと?」 


「そうさ、オレはフィアンセのメーユが突然いなくなったから、地獄のいろんな所を探していたんだ。

そしたら偶然にも、こんな気持ち悪い天国に迷い込んだってわけだ…」


メーユはやはり、ことの発端が自分にあると思いました。


そしてエアメーに向かっていいました。 


「あなたが、地獄に帰りたいのは分かったわ。でも地獄への帰りかたは私にはわからないの…本当よ。

取引にはならないかも知れないけ ど、鳥の坊やは返して。 母鳥が心配してるの…お願い。」



「ブハハハハハハブハハハハハハブハハハハハハブハハハハハハ…

お前はバカじゃないのか?

地獄への帰りかたを知らないのなら交渉不成立だな。

鳥の子供は今夜の晩飯だ…

鳥の母親もみつけて、朝飯にしてやる、ブハハハハハハ」


エアメーはそういうと4枚の羽根を広げ飛び立とうとしました。


そのときです。


「オレは、地獄への帰りかたを知っているぞ‼︎」


テガーが大きな声で、エアメーにいいました。


「な、何?、お前は地獄に帰る方法を知っているだと…⁈」


「ああ、そうさ、オレは地獄に帰る方法を知っているのさ。」

もう一度テガーは同じことを言いました。


「教えろ、今すぐ教えろ‼︎」


興奮気味にエアメーが言いました。


テガーは少し間を開けると、後ろを向き、そして言いました。


「取引をしよう。夜明けまで時間をくれ。

それまでに地獄に帰る道をココに作ってやる。

但し地獄への道を通るには、連れ去った鳥の坊やと交換だ。

夜明けに、必ずココに鳥の坊やを連れてくてこい。

それが条件だ‼︎」


テガーはエアメーを睨みつけました。


エアメーもテガーを睨みつけてこういいました。


「いいだろう。その話にのってやる。

夜明けまでに必ず地獄への道を作っておけ‼︎ 

間に合わなかったり、嘘だったら鳥の子供も親鳥もお前たちも、みんなまとめて喰ってやるからな…ブハハハハハハ」


そういうと、エアメーは4枚の羽根を広げ南の空へと飛んで行きました。



メーユは、テガーとエアメーのやりとりにあっけに取られて言葉が出ませんでした。


が、すぐにテガーに尋ねました。


「て、テガー、本当に地獄への道なんて作れるの?」


するとテガーはメーユの顔をみてニコッとして言いました。


「さあね。」


「とにかく急ぐよ、メーユ走ろう‼︎」


そう言うとメーユの手をとり、暗くなった森を来た道へと、全力で走り始めました。


テガーは森の入り口にいる母鳥の元へと向かっていました。 


第5章 作戦


テガーとメーユはすぐに母鳥のもとへ辿り着きました。


母鳥は、メーユとテガーが暗くなった森から帰ってきたことに喜びましたが、すぐに坊やの姿が見えないことに気づき落胆しました。


テガーは、母鳥に森で出会った悪魔のこと、そして、悪魔と取り引きをしたことを伝えました。


母鳥はとりあえず坊やが無事なことにホッと安堵のため息をつきました。


ひととおり、説明をしたテガーは厳しい顔をしたままメーユに言いました。


「メーユ、君に頼みがあるんだ…」


「何かしら?私に出来ることなら何でもするわ。」


メーユは即答しました。


「魔法の手紙はあと何枚残ってる?」


テガーは厳しい表情のままメーユに聞きました。


「魔法の手紙?なんでいま魔法の手紙の残り枚数を気にするの?」


「いいから数えてくれ…」


テガーがそういうと、メーユは魔法の手紙の枚数を数えました。


「あと3枚だわ…」


メーユが残り枚数を伝えると、テガーの表情はより険しくなりました。


「坊やを救う為には、魔法の手紙が2枚必要なんだ…」


メーユは思わず「えっ?」と言ってしまいました。


そして、心の中で考えました。


(何故、魔法の手紙が必要なのかしら…どうやって使うの?

これで2枚使ったら残りは1枚になってしまう…

元の姿に戻るには、魔法の手紙で、愛を知らなければいけない。

残りの1枚で愛を知ることが出来るのだろうか…


いや、今はとにかく鳥の坊やを助けるのが優先だわ…)


「テガーを信じるわ、使って。」


メーユはすぐに決断すると、魔法の便箋、封筒、切手を2枚ずつをテガーに手渡しました。


「これも必要ね」


メーユは魔法のペンもテガーに差し出しました。


「ありがとう…」


テガーはそう言うと、メーユに軽く微笑みました。


そして、魔法のペンを使って、何かを魔法の便箋に書き出しました。


何かを書き終えると、テガーは便箋を折りたたんで封筒に入れました。


そして、なんと封筒のなかに、魔法のペンをいれました。


ペンは封筒に吸い込まれるように入っていきます。


さらに、新品の便箋と、封筒と、切手もいれてようやく封をしました。


「これでよし。」


テガーはそう言うと、母鳥に近づき、

「あとは、お母さんの出番です。坊やにこの手紙を届けたいと思いながら、封筒に切手を貼ってください。」

と言いました。


母鳥はテガーに言われたまま、坊やに手紙が届くように…と願いを込めて切手を貼りました。


すると、封筒に切手を貼った瞬間、封筒は七色に光り、台車ネコが出てきました。


台車ネコは言いました。


「これをあんたの坊やに届ければいいんだな。」


「坊やに届けることができるの? 今はどこに居るのかわからないのよ?」


母鳥は、台車ネコに聞きました。



「簡単なことさ。」



そう言うと同時に、台車ネコは台車から降りて手紙を台車に載せ、押し始めました。


その瞬間、台車ネコは消えてしましました。



「いったい、どういうこと? 手紙には何を書いたの? 説明してよ、テガー」



メーユはテガーに言いよりました。


テガーは自信を持った顔で、説明を始めました。


「さっき坊や宛に送った手紙には、こう書いたのさ。」




-------鳥の坊やへ--------


僕の名前はテガー。

山のふもとのペン屋のヤギさ。

君は今、突然この手紙がやってきてびっくりしてると思う。

この手紙は、知っている人のところならどこにでも届けることが出来る魔法の手紙なんだ。

君のママに頼んで、君に届くように祈りながら切手を貼ったから届いたのさ。

悪魔に囚われている君を、これから助けにいくよ。

ただし、場所がわからないんだ。

君はどこに閉じ込められているんだい?

森の中の大フクロウの巣の中かい?

それとも、もぐらネズミの穴にいるのかい?

そこに入っているペンと手紙を使って居場所を教えてくれ。 

もし、いる場所がわからなかったら、そこから見える景色や気づいたことを書いてくれ、出来るだけ詳しく。

すぐに助けにいくから。

そうそう、切手を貼るときは必ず、お母さんに届くように…って願いを込めて貼ってくれよな。

そうしたら変なネコが出てくるからあとはそいつに任せればいいよ。

じゃあ、すぐに迎えにいくからな。

頼んだぞ。

-------------------------------





「なるほど‼︎ 」

そう言うと メーユはとても関心しました。


(これなら上手くいくわ…)


メーユは心の中で考えました。



テガーの作戦は魔法の手紙の性質をうまく使ったものでした。


居場所のわからない坊やにでも、台車ネコなら手紙を届けることができます。


さらにもう一枚、魔法の手紙を使うことにより、坊やから母鳥へと手紙を届けることができます。


これで坊やが居場所を書いて返信してくれれば、場所は特定できます。


テガーの自信がありそうな態度とはうらはらに、母鳥は本当に坊やに手紙が届くのかを心配しています。


そんな母鳥にテガーが言いました。


「さっきの手紙は間違いなく坊やに届いてるさ…


じきに坊やから返事がくるよ。」


そう言うと、母鳥は少し安心したようです。


突然、母鳥の前が七色に光りました。


と同時に光の中から台車ネコが飛びたしてきました。



「ゆうびーん」



台車ネコは母鳥にむかって封筒を差し出すと、そのまま消えてしまいました。


「ま、まさか坊やから手紙なの⁇」


母鳥は興奮しながら封筒を開けました。


そこにはこう書いてありました。 




----テガーおじさんへ----


お手紙ありがとう。

魔法の手紙ってすごいね。

壁をすり抜けて変なネコが、おじさんの手紙を持ってきたから本物なんだろうね。

でも残念なことに、今、僕はどこにいるのかわからないんだよ。

暗くてよく分からないけど、ここの窓からは大きな塔が見えるよ。

そして何か分からないけどカチカチと音がしてるよ。

それに、さっきから香ばしいパンの匂いがするんだ。

きっとメロンパンの匂いだよ。

これで場所がわかって助けに来てくれるといいな…

テガーおじさん、ママに伝えておいて…

心配しなくても僕は大丈夫だからって。

--------------------------




手紙を読み終えた時、テガーは言いました。


「時計台のコウモリのパン屋だ‼︎」


メーユも聞いたことがありました。


西の森の奥深くにある時計台の隣に、パン屋がありました。


そのパン屋は準備中の張り紙がしてありお店は閉まっているのですが、何故か夜になると焼きたてパンの香りがするのだそうです。


その理由が、メーユには今、分かりました。


コウモリのパン屋なら、昼と夜が逆転しています。


きっと夜遅くにお店をあけているのでしょう…


メーユも 「きっとそこに坊やがいるわ‼︎」と言うと、テガーと目を合わせ頷き、時計台の方へと走り出そうとしました。


それを見ていた母鳥は大きな羽根を広げ、テガーとメーユに言いました。


「さあ、私の背中に乗って。 時計台まで連れていくわ。」


「でも、まだキズが…」 メーユが心配そうに母鳥に聞きました。


母鳥はいいました。


「これくらいのキズなら時計台までは行けるから大丈夫よ。」


メーユとテガーは母鳥の言うとおりに背中に乗ると、時計台の方へと飛んでいきました。


第6章 正体


母鳥の移動速度はとても早く、テガーとメーユは振り落とされないようにするので必死でした。


テガーがメーユに何かを話しかけましたが、母鳥の翼が風をきる音でメーユには聞こえませんでした。


メーユはテガーに顔を近づけると、テガーの声が聞こえました。


「魔法の手紙を2枚も使ってしまって申し訳なかったね…」


メーユは

「ううん、坊やが助かるなら何てことないわ。それにテガーが悪い訳じゃないのよ…悪いのはあの悪魔なんだから。」


メーユは会話をしている途中でエアメーのことを思い出し、いらついているようでした。


メーユは天国にきてから優しさというものを知りつありました。


だからこそ、エアメーの行動に腹が立ったのです。



「僕も悪魔は最高に嫌いさ…」



テガーそう言うとメーユの顔を見て、視線をそらすと遠くを見つめました。


そしてすぐにまたメーユに視線を向けるとこう言いました。


「メーユ、最期の魔法の手紙は、悪魔を殺す為に使おう…」


メーユは思いがけないテガーの言葉に目を大きく開きながら聞きました。


「て、テガー、今、悪魔を殺すって言ったの? あの森で出会った悪魔を殺すってこと⁇」


「そうだよ。」


テガーは冷静にそして冷たくそう答えると、メーユに言いました。


「この世界、つまり天国の世界にはどうしてか分からないけど、たびたび悪魔がやって来るんだ。

そして町を壊したり、いたずらをして天国の住民に酷いことをするんだ…

しばらくすると不思議とどこかに行ってしまっていなくなるんだけどね。


僕は悪魔の存在自体が許せないのさ…


今回の悪魔だってそうさ。

なんの罪もない坊やをさらって、母鳥まで傷つけて…

しかも悪魔王子って言ってただろ…

もう、このままにしておく訳にはいかないんだ…

いつか、この世界は大変なことになるに違いないよ。

だから今のうちに、僕があいつを殺してやるんだ…」


テガーの悪魔に対しての異常なまでの憎悪を、メーユは感じました。


メーユは思いました。


(テガーはエアメーを殺すと言ったわ…

私には、テガーがエアメーを殺せるとは思わない…

エアメーは悪魔王子だけあって地獄の中でも相当強いもの…。

テガーは魔法の手紙を使うと言ったわ…

どうやったら魔法の手紙をつかってエアメーを殺せるのか、私にはわからない…

でもテガーには何か作戦がある。

坊やの居場所を突き止めたのも、テガーが上手く魔法の手紙を使ったからだわ…

もし…もしも、本当にエアメーを殺せるとしたら…私は…)



その時でした。



「メーユ‼︎」


「メーユ‼︎」


考えて混んでいるメーユにテガーが叫んでいました。



「見えてきたよ、あそこが時計台さ‼︎」


テガーが指で示した先には、古びた怪しげな時計台がそびえ立っていました。


「坊があそこに…」


母鳥が呟きました。


母鳥は塔に近づくと、テガーに指示されてゆっくりと降下していきました。


そして塔の傍の草むらに着地すると、テガーとメーユを背中から下ろしました。


「母鳥さんはここで待っててください。」


テガーがそういうと母鳥は黙って頷きました。


「行くよ、メーユ! 悪魔をやっつけよう‼︎」


テガーの言葉にすぐにメーユは反応出来ませんでした。


心のなかでメーユはこう思っていたからです。


(自分の正体が悪魔だと知られた時は、テガーはいったいどうなってしまうの…

私もことも憎く思うの… 

正体を隠していたんだもの、当然よね…

それでも…



とにかく、今は坊やを助けることが先決だわ。


それまでは、何があってもテガーに正体をばれてはいけない…)


そう決心するとメーユは言いました。


「テガー‼︎ 坊やを救い出しましょう‼︎」


メーユとテガーは時計台の裏口にまわると、そっと扉を開けて中へと入って行きました。


扉をあけると焼きたてのパンの匂いがしました。


そこはもうコウモリのパン屋の中でした。


「ここで間違いなさそうね…」


メーユが小さい声で言いました。


2人は音を立てないように、店の中を見渡しましたが、誰もいないようです。


お店の中には沢山の焼きたてのメロンパンが机の上に置いてあるだけでした。


「誰もいないようだね。」


テガーが言った時です。



「いらっしゃい。」



突如、テガーの頭上から声が聞こえました。


テガーとメーユが声のした方を見ると、天井から年寄りのコウモリがぶら下がっていました。


びっくりするテガーとメーユにコウモリは続けました。




「裏口からくる客とは珍しいのう……。

あんたらパンを買いに来たのか?

それともパンを盗みに来たのか?

どっちじゃい…」


年寄りのコウモリは険しい顔で2人を睨みつけました。


すると、たちまちテガーとメーユは何も喋れなくなり、身体を動かすことも出来なくなりました。


年寄りのコウモリが2人から目を逸らすとこう言いました。


「なるほどのう…悪魔王子に連れ去られた鳥の坊やを助けにきたのか…」


メーユとテガーは驚きました。


何も話していないのに、全てを知っているかのようです。


「な、なんでそれを…」


テガーがいうと、年寄りのコウモリは言いました。


「あんたらの頭を読んだんだよ。」


2人はいつのまにか、身体が動かせるようになっていました。


「そんなことが本当に出来るの⁇」


メーユが聞くと、コウモリは答えました。


「あんたは、ここに来てまだ間もないようじゃの…

そして、今の自分に迷いを感じておるのう…


どうじゃ?まだ続けるか?」


「わ、分かったわ。おじいさんを疑った訳ではないのよ。」


メーユは自分が悪魔だということがコウモリにばれてしまったのか心配でしたが、コウモリはそれ以上何も言いませんでした。


テガーはコウモリに言いました。


「状況はわかったと思う… 単刀直入に聞くが坊やがどこにいるのか知ってるか?」


コウモリは少し困ったような顔をして言いました。


「さすがに場所は知らんぞい…」


落胆するテガーとメーユでした。


「だだし…」


再びコウモリは話し始めました。


「見当はつくぞい。」


メーユは興奮して言いました。


「どこどこどこっどこなの⁈」 


「おそらくここの時計台のてっぺんじゃろう。

あそこには、今は使っとらんが、大王鳥の巣があったからのう…」


「きっとそこに違いないわ。ありがとうおじいさん。」


メーユが言うとテガーも頭を下げました。


「一旦、店の外に出よう。そして準備を整えるんだ。」


テガーはそう言うとメーユを店の外に連れ出しました。


2人は時計台を見上げると、てっぺんにある巣を見つけました。


「あそこか…」


テガーが言いました。


「準備って何?早く坊やを助けに行きましょう」


メーユがそういうと、テガーは少し間をあけ、慎重にいいました。


「さっき、話した悪魔を殺す為の準備をするのさ…」


メーユには影になって見えませんでしたが、テガーの顔はまるで悪魔のようでした。


第7章 メーユ


メーユはテガーに聞きました。


「どうやってあのエアメーをやっつけるの?」


テガーは少し早口でいいました。


「やっつけるのではなくて、殺すんだよメーユ。」


(本当に殺す気だわ…)


メーユは確信しました。


「いいかいメーユ、僕の考えたプランはこうだよ。」


テガーは語り始めました。


「天国にはものすごく強烈な毒を持つ花があるんだよ。


ユウビって名前の花さ。


そのユウビの花を乾燥させたものがこれさ。


これをあの悪魔に食べさせるのさ。


いったいどうやって…と思ってるだろ。


まずはこの毒を、さっき拝借したメロンパンの中に詰める。


ほら見た目は普通のメロンパンだろ。


そしてここで、魔法の手紙を使うのさ。


さっき、あいつはメーユに言ったよね。


自分の婚約者と同じ名前だって。


そして婚約者がいなくなって探していると。


だからメーユの名前を使って魔法の手紙をあの悪魔に出すのさ。





--------------




エアメーへ

私は天使に魔法をかけられて囚われています。

この手紙と一緒に封筒に入っているメロンパンの中にいるの。

一口かじることによって魔法は解かれ、私はメロンパンの中から逃げ出すことが出来るの。

早く私を助けて…

メーユより

--------------




どうだい?



普通なら信じないような話だけど、あいつは魔法の手紙が突然目の前に出てきて動揺し、魔法を信じるだろう。


そして婚約者が目の前のメロンパンの中にいる。


しかもあいつは地獄に戻りたがっているということは、裏返せば仲間が欲しいってことさ。



これなら絶対にメロンパンをかじるだろう。


そしてその時があいつが死ぬときさ…」



メーユはテガーの作戦を聞いて驚きました。


(これなら、きっとエアメーは死んでしまうだろう…)


メーユは今までのことを振り返りました。




(私は天国に来て天使の試練をうけ、悪魔の姿からヤギの姿になってしまったわ…

再び悪魔の姿に戻るには、魔法の手紙で愛を知ること…

最初はすぐにでも悪魔の姿に戻って地獄に帰りたいと思ったわ…

でも、天国の住民はみな優しくて次第に天国が心地よく感じるようになったの…

そして、テガーに出会った。

ここの生活も悪くないわ…いや、もしかすると、私はずっとここにいたいと思っていたのかも…

婚約者のエアメーがここに来た時は驚いたし、少し懐かしいと感じたけど、地獄に戻ろうとは思わなかったわ。

エアメーは親鳥を傷つけて、坊やをさらった。

これは決して許されることではないわ…

だからといってエアメーを殺す?

そこまでする必要があるの…

もうエアメーに恋心はないわ…

これは間違いない。

殺すことに、ためらいを感じているの…)



メーユが考え混んでいるのを見てテガーはいいました。


「メーユ、早く魔法の手紙を書くんだ。


もうすぐ夜が明ける。


そうしたら約束の時間になって坊やもここを連れて行かれる。


そうなったら約束のトンネルも嘘だとばれて、坊やはきっと殺される…


だから、早くメーユ!手紙を書くんだ‼︎」



メーユは少し黙り込むと何かを決心し、テガーの顔を見ずに言いました。



「ごめんなさい、テガー…」



そう言うとメーユは母鳥のもとへ走りました。


そして母鳥の背中に飛び乗り、こう言いました。



「この塔の上に坊やがいるわ‼︎

飛んで‼︎」



母鳥はものすごいスピードで上昇すると、あっという間に大王鳥の巣へと辿り着きました。


少し離れた場所から巣の中を確認すると、そこには坊やとエアメーが居ました。


「坊や‼︎」


母鳥は思わず叫びました。


「しーっ‼︎」


メーユは母鳥にいいました。


どうやら2人は眠っているようでした。


メーユと母鳥は驚きました。 すっかり坊やは牢屋のような場所に入れられていると思ったからです。


こっそりと母鳥が巣に近づくと、メーユは母鳥の背中から巣へと飛び移りました。


そしてメーユは慎重に慎重に一歩ずつ坊やに近づきました。


そして眠っている坊やをそっと持ち上げた時でした。



「地獄に帰れるぞー‼︎」



エアメーの声でした。


メーユは心臓が止まるほど驚きました。


(見つかった‼︎)


ゆっくりメーユは振りかえりました。


エアメーはまだ寝ていました。


どうやら寝言だったようです。


メーユは思いました。


(エアメーはただ地獄に戻りたいだけなんだろう…

そして帰る方法が分からずにイラついていたのだろう…

ようやく帰る方法が見つかったからこうやって坊やと一緒に寝ているんだろう…)


その時です。


坊やがエアメーの寝言に驚いて目を覚ましたのです。


坊やは寝ぼけているのか、キョロキョロしています。


そして巣の近くを飛んでいる母鳥に気づくと


「ママーっ‼︎」と大きな声で叫びました。


その瞬間エアメーも目を覚ましました。


エアメーは一瞬で状況を判断すると地の底が割れるような低く大きな声で言いました。


「お前たち…騙したのか‼︎‼︎」


母鳥はとっさに、坊やを足で掴むとメーユにいいました。


「乗って‼︎」


メーユは急いで母鳥の背中に飛び乗りました。


母鳥は巣から逃げようと必死に飛んでいます。


エアメーは4枚の羽根を広げると、飛んでいる母鳥に向かって大きな口をあけて吠えました。




グガガガガガガガガガガガ…




それは大きな音でした。


メーユは耳が割れるかと思いました。


母鳥は急降下しています。


なんと、その衝撃で母鳥は失神してしまったのです。


落ちていくメーユと母鳥と坊や。


坊やは自ら羽ばたくと、母鳥をつかみました。


なんとか地面への衝突は免れそうです。


メーユはその様子を見ながら落ちていきます。


地面が近づいたとき、メーユはもう終わりだと思いました。


ドサッ


メーユが目を開けるとテガーがキャッチしてくれていました。


「て、テガー‼︎」


「ナイスキャッチだろ」


テガーはメーユの顔をみてニコッとしながら言いました。


メーユは思わずテガーに抱きつきました。


「あまり、楽しんでいられないようだね」


テガーは狂ったように羽ばたいているエアメーを見てそういいました。



エアメーはメーユたちを探しているようです。 



「ごめんなさい。テガー あなたの作戦どおりにしなくて…」


メーユは言いました。


「いいんだよ。坊やも無事に助け出したみたいだし。 とりあえず、なんとかここから逃げよう。」


テガーは優しくそう言いました。


空を見上げるとエアメーはメーユたちを見つけられないことに苛立ち、時計台を壊し始めました。



(エアメーやめて…)



メーユはエアメーの気持ちが痛いぐらい分かりました。


帰る場所がなくなって狂ったように苛立っているエアメーはすごいチカラで時計台を壊していきます。


大きな音と振動に驚いたパン屋のコウモリが店から飛び出てきました。


エアメーはコウモリを見つけると、瞬時につかまえて、手で握り潰そうとしています。



「お前は地獄に戻る方法を知っているのか…」



エアメーはコウモリを強く握りながら聞きました。


「し、知らんのう…」


コウモリじいさんがそう言うと、エアメーは怒りながらいいました。


「では、死んでしまえ…」


エアメーがコウモリじいさんを潰そうとしたその時でした。





「やめなさい‼︎ エアメー‼︎」





空が割れるほどの大きな声がしました。


声を出したのはメーユでした。


しかし、それは今までのメーユの声ではありませんでした。


テガーはメーユの姿を見て驚きました。



メーユの背中からは悪魔の羽根が生えていたのです。



「お、お前はまさか…俺の婚約者のメーユなのか?」


エアメーは驚きをかくさないまま聞きました。



「そうよ…私よ。この羽根をみて分かるでしょ。」


メーユは誇らしく言いました。



「おお、メーユだ。間違いない。 こんなとこにいたのか… 

しかしなんて姿をしているんだ。 早くもとの姿になって一緒に地獄に帰ろう。」



エアメーは言いました。


「そうね、地獄に帰りましょう。」


メーユはあっさりと言いました。


「何⁈ まさか地獄に戻る方法を知っているのか⁈」


エアメーにそう聞かれると、メーユはこう答えました。


「簡単なことよ。」


そういうと、メーユは魔法の手紙を出しました。


テガーの作戦で使わなかった最後の1枚です。


すると何やら便箋に書き始めました。


書き終わると、すぐに封筒にいれて切手を貼りました。


すると、台車ネコが七色の光とともに現れました。


「これをお願い…」


メーユは台車ネコにいいました。



「簡単なことさ。」



そういうと台車ネコは消えてしまいました。



(メーユ…いったいどうするつもりなんだ…)



可愛いヤギの姿のまま悪魔の羽根が生えているメーユを心配そうに、テガーは見つめています。



その時です。


明るくなりかけていた空が一瞬で真っ暗になりました。


すると突然、轟音と共に空が裂け始めました。


その裂け目から、それは大きな大きな手が出てきました。


その手はとても鋭い爪が生えていました。



「ま、まさかあの手は… だ、大王様…」



エアメーがそう言うと、手は一瞬でエアメーを捕まえました。


そしてエアメーを捕まえたまま、また裂け目へと戻っていき姿を消しました。


裂け目はすぐに閉じ、辺りはまた明るさを取り戻していました。


その一部始終を見ていたメーユは心の中で言いました。


(お父様ありがとう…)


そして、親鳥と坊やとコウモリじいさんが無事なのを目でみて確認すると、テガーに向かって言いました。 



「ごめんね、テガー。これが私の正体なの…」



テガーは黙ってメーユを見つめています。


メーユは続けました。


「私は悪魔大王の娘なの。

この世界に迷いこんでしまって、そして天使に酷いことをしたの…

そしたら悪魔の姿からこんな可愛いヤギの姿に変えられたの…

今まで隠していてごめんなさい。」



メーユはテガーを見ました。



すると、テガーは少し怖い顔でメーユに聞きました。



「手紙にはなんて書いたんだい?」



メーユは答えました。


「さっきの魔法の手紙は、地獄のお父様に宛ててこう書いたの。」




--------------



お父様へ



お久しぶりです。

メーユです。

私は今、天国にいます。

婚約者のエアメーも一緒にいるわ。

私はしばらく天国で暮らそうと思うけど、エアメーはここの空気が合わないみたいなの。

それで、エアメーだけ帰ることになったんだけど、帰り道がわからなくて困ってるの。

お父様なら何とか出来るでしょ。

エアメーだけを天国から地獄へ帰してあげて。

可愛い娘より

-----------------




「さすがの悪魔大王でも天国の世界に手をいれるのがせいいっぱいだったみたいね…

でも無事にエアメーも地獄にもどってると思うわ。」


メーユは少し微笑みましたが、テガーの表情は変わることはありませんでした。



メーユはそれがすごくつらく感じました。



(やはり、私が悪魔だと知ったら今までどおりって訳にはいかないわよね…

きっとテガーからすると悪魔は殺したいほど憎い存在だわ…

だから私がそばにいれるわけないよね…



本当はずっとそばにいたかったけど…



さよならテガー……) 





「それじゃあ…」


メーユは、とても小さな声でそう言うと、親鳥と坊やとコウモリじいさんに頭を下げました。


テガーの顔はもう見れませんでした。



そして、悪魔の羽根を羽ばたかせ東の空へと飛んで行きました。



テガーは飛んでいくメーユの背中をじっと見ていました。



そしてメーユの姿が少し小さくなったとき、テガーは叫びました。





「メーユ‼︎」


さらに、テガーは叫びました。


「メーユ‼︎待ってくれ‼︎」


「メーユ‼︎」


「メーユ‼︎」


「メーユ…」




テガーはメーユの姿が見えなくなるまで叫びました。






メーユは飛びながら泣いていました。





テガーの声がメーユに聞こえていたかどうかは分かりません。





どこまで飛んで行ったのでしょう…






メーユは泣き疲れて羽ばたくのをやめると、そのまま地面に墜落しました。





そこでメーユは力尽き、眠りに着きました。


第8章 最後の手紙


メーユは目を覚ましました。



「ああ…私、あのまま落ちて寝てしまったんだ…」


テガーのことを思い出すとメーユはまた泣いてしまいました。




テガーに逢いたい…




でも、正体を知られた今、きっとテガーは私を嫌いになっているだろう…


そのやりきれない思いが、メーユを苦しめました。



メーユはしばらく泣いていました。



どれくらい時間がたったのでしょう…



メーユは泣き止むと、周りを見渡しました。


(この景色見たことがあるわ…)


メーユは気づきました。


そして少し歩き出すと確信しました。


「やっぱりこの丘を越えたとこにテガーのお店があるわ‼︎」


メーユは夢中で走りました。


テガーのお店が近くにあると思うと走らずにはいられませんでした。


(とにかく、ちゃんとさよならを言いたいの…嫌われていてもいいから…)


メーユはテガーのお店の前に着きました。


お店は閉まっていました。


(テガー…いないの…)


メーユはまた泣き出しそうになりましたが、我慢しました。


入り口の扉にもたれ掛かると、そのまま扉が開いてメーユは倒れて店の中へ入いってしまいました。


(イタタタ…入り口は開いていたのね…もしかして…)


メーユは店の中を見渡しました。


「こんにちは…誰かいませんか…」


返事はありませんでした。


結局、店の中には誰も居ませんでした。



メーユは店の外に出ました。



そして何気にテガーのお店の看板に目をやると思わず大きな声で叫びました。




「魔法の手紙‼︎」




そう、そこには花の折り紙にされて飾られていた魔法の便箋があったのです。


これは、最初にテガーにあげようとして断られた為に、メーユが花の形に折って看板に飾っていたものでした。


メーユは慌てて花の形に折ってあった便箋を手にすると、お店の中に戻りました。


そして、壁に目を向けました。 そこには、額縁に入れた切手と便箋が、そのままの状態で残っていました。


そして、テガーのお気に入りのアンティークの椅子の上には、魔法のペンが置いてありました。



「テガーに手紙を書くわ‼︎」



メーユは今までの気持ちを書き綴り始めました。




----------------


テガーへ




突然、さよならも言わずに去っていってしまってごめんね。


テガーに言いたいことも何も伝えられなかったので、手紙を書きます。


勝手にテガーのお店にあった魔法の手紙を使ってごめんなさい。


でもどうしても伝えたいから…


私、この世界にきて、最初は驚いたの。


だってみんな仲良く暮らしているんだもの。


テガーには分からないかも知れないけど悪魔の世界は、こことは全く真逆の世界なの。


最初はその馴れ合いに嫌気がしたわ。


そしてその苛立ちから天使を傷つけてしまい、テガーの知ってるメーユの姿に変えられたの…


魔法の手紙で愛を知ることが出来たら元の姿になれるって天使に言われたわ。


天使から手紙を受け取ったときは、どうしたらいいか分からなくてすごく困ったの。


誰に何を書いていいのかさっぱり分からなかったから…


そして何かを書いてみようと思ったらペンが無いことに気づいたの。


そして、テガーの店に辿り着いて あなたに出会ったわ。


最初の頃はね、悪魔の姿に早く戻りたかったわ。


でも、テガーと話している間になんだかどうでも良くなってきて…


いつの間にか、テガーには悪魔だということが、バレないようにしてたわ。


そしてこの姿のまま、テガーと一緒に暮らせたらいいなって思っていたの。


テガーに何があったかは分からないけど、テガーは悪魔が大嫌いなのよね…


エアメーが現れて、母鳥を傷つけたのを見て私は思ったの…


悪魔はなんて酷いことをするやつなんだって。


私自信が悪魔なのに変な話よね。



テガーはそんなエアメーを殺したいって言っていたわよね。


あの時、私がテガーの作戦どおりにしなかったのは、エアメーを殺して欲しくないと思ったから。


エアメーは悪いことをしたわ。


でも、殺すことはないと思うの…


エアメーはただ自分の故郷の地獄へ帰りたかっただけなの。


エアメーは巣の中で、坊やと一緒に寝てたのよ。


縄で縛ったりもしていなかったわ。


だから坊やもすぐに魔法の手紙を返すことができたのね。


エアメーは、本当に帰りたかっただけなの…


悪魔は頭をさげてお願いするってことを知らないから…ああいう形になってしまったの。


だからエアメーを許してあげて。


私は悪魔だから悪魔のことはよくわかるの。


エアメーだってこの世界にもう少しいることが出来たら…


そして、この素晴らしい世界を知ったらきっと私みたいに変わると思うわ。


悪魔だって、天国にいれば、悪魔ではなくなるの…。


私がエアメーと地獄に戻らなかったのは、そのせいよ。


私はもう、悪魔でいたくないの。


楽しいこの世界が好きなの。


誰かを傷つけるより、笑顔にさせたいの。


誰かを騙すより、協力したいの。


誰かを恨むより、愛したいの。 


テガーにもこの気持ちを分かって欲しいの…


もし、エアメーを殺していたら、テガーが悪魔になっていたわ…


それだけはどうしても避けたかったの…


だって、私はテガーの事が大好きになっていたから。


正体を知られた私にはそんな権利はないけど…


テガー…ずっと一緒に居たかったわ。


私のことは忘れていいけど、テガーはずっと優しいテガーでいてね。




出逢ってくれて本当にありがとう。




メーユより。


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メーユは書き終えると、便箋を封筒に入れて、切手を貼りました。


すると、封筒は七色に光り台車ネコが出てきました。


メーユは台車ネコに言いました。


「これをテガーに届けて。」


すると台車ネコは言いました。


「簡単なこと…」


いつもの決めセリフを言おうとした台車ネコは言葉を詰まらせました。


そしてメーユに向かっていいました。


「簡単なことさって言いたいけど、簡単すぎるのはお断りだよ。自分で渡しな。」


ほれほれと台車ネコはメーユの後ろを指差しました。


メーユが振り返ると、丘の向こうから誰がこっちに走ってきています。


どんどん近づいてきます。


その姿がはっきり見えた時、メーユは叫びました。


「テガー‼︎」


「メーユ‼︎」


2人は抱き合いました。


「あれからずっとメーユを探していたんだよ…」


テガーは涙で顔をくしゃくしゃにしながら言いました。


「ごめんなさい…私…テガーに嫌われたと思って…」


メーユも泣きじゃくってしまい言葉になりませんでした。



しばらく2人はただ抱き合っていました。



少し落ち着いたころ、テガーはメーユが持っている手紙に気づきました。


「もしかして僕に宛てた手紙なのかい?」


と言うと、メーユは黙って頷きました。


「読んでもいいの?」と聞きました。


「うん…お願い」メーユは泣きながら返事をしました。


テガーは手紙を読み始めました。


そして読み終わると、テガーはなにも言わずメーユを抱きしめました。


そして抱きしめたまま言いました。


「ごめんよメーユ…君の気持ちを理解してあげてなかったよ…」


「私こそごめんなさい…テガーだって辛いのに…私の気持ちを押し付けてしまって…」


「そんなことないよメーユ。」


テガーはより強くメーユを抱きしめました。


そして耳元で囁きました。 


「愛してるよメーユ…ずっと一緒にいよう」



メーユは大泣きしました。


返事も出来ないぐらいに…




その時でした。



メーユの身体が光り始めました。


「ど、どうしたんだいメーユ…」


テガーはメーユの身体が変わっていくのに気づきました。


メーユの悪魔の羽根は大きくなり、立派なツバサとなりました。


ヤギの角は悪魔の角へと変化していきます。


可愛い尻尾は、するどい針のついた尻尾になっていました。


そして、見る見るうちにメーユの身体は悪魔の姿へと変わっていったのです…。


そうです。


メーユは天使との約束を果たしたのでした。


今、まさに魔法の手紙で愛を知ってしまったのです。


だからもとの悪魔の姿に戻りつつあります。


「み、見ないで…テガー」


あっと言う間にメーユはもとの悪魔の姿に戻ってしまいました。



しばらく沈黙が続きました。



「メーユ…」


テガーの声がメーユの背中から聞こえました。


「メーユこっちを向いて…」


メーユは泣きながらいいました。



「悪魔が嫌いなテガーに私のこの姿は見せたくないの…お願い…わかって…」



「大丈夫だよ…メーユ…。


…僕を信じて…… こっちを向いてごらん…」


テガーの優しい声に覚悟を決めたメーユは振り向きました。




するとそこにはテガーの姿はありませんでした。




そこには、 一匹の悪魔がいました。




「メーユ僕だよ…」 


その声はテガーでした。


「て、テガー…?… …テガーなの?」


メーユが聞くと悪魔の姿のテガーは言いました。


「そうだよ。テガーだよ。」


一体何がどうなっているのか、メーユには理解出来ませんでした。


悪魔の姿のテガーはゆっくりとした口調で話し始めました。


「まさか、僕まで天使の魔法が解けてしまうなんてね…


今まで隠してごめんね、メーユ…


僕も君と同じ悪魔なんだ…。


君よりずっと前に、この天国に来たんだよ。


そして、この世界で暴れたさ。


その結果、天使に罰をうけてヤギの姿に変えられたんだ。


君と全く同じだよ…


もとの姿に戻るには、愛を知ることが条件だって天使に言われたよ。


ただし、君と違って天使から受け取ったのは、ペンだけだったのさ。


いつかこのペンが愛を知るカギとなると言われてね…


受け取ってすぐにいろいろ書いてみようと思ったさ…


でも、君も知ってのとおり何に書いても書けなかったのさ…。


もしかしたらペン先が悪いのか


もしかしたらインクが悪いのかって


すごくペンを調べたよ。


そしてペンを調べる為に、世界中を旅してまわったよ。


気がつけば僕は、沢山のペンを集めていたんだ。


世界中でいろんな天国の人に出逢ってきたよ。


みんな優しい人たちばかりで、そんな日々は幸せに満ち溢れていたよ。


いつの日か僕はもう、悪魔に戻らなくてもいいと思い始めていたんだ…。


だから、僕はペン屋を開くことにしたんだ。


天国の住民になりたいと思ったから。



天国の暮らしは少し退屈だけど、それは楽しい毎日だったよ。


なにせ平和だからね。


でも、たまにこの世界に平和を脅かす悪魔がやってくるんだ…。


僕はそれが許せなかった…



そしていつの間にか、悪魔が大嫌いになっていたのさ…。


最初にメーユが僕の前に姿を見せた時に驚いたよ。


僕と姿が似ていたからね…。


もしかしてメーユも悪魔なのかもって少し思ったよ。


そして、一緒にいるあいだに少しずつメーユに惹かれていく自分に気づいたんだ。


でも、もしメーユが悪魔だったら…って思えば思うほど、僕の気持ちは複雑になっていったよ。



僕は、悪魔が大嫌いだからね。



前に君に聞いただろ…


本当に悪魔っているのかって?


あれは、どんな悪魔もずっと悪魔のままなのかな…って言いたかったんだ。


ここの世界にきたら、どんな悪魔も僕みたいに、優しくなれるんじゃないかって…そんな意味で言ったんだ。


でも、やっぱり母鳥を傷つけ、坊やをさらったりする悪魔を目の当たりにするとそんな考えも消えてしまったよ。


悪魔はこの世界に必要無いって…


でもどうやらそれは、間違いだったみたいだ。


あの時、君が止めていてくれなかったら、僕はあの悪魔を殺していたよ。


そしたらきっと僕は悪魔に戻ってしまっていたのだろうね。


僕が今、こうやって穏やかな気持ちでいられるのも、メーユ…君のおかげだよ。


そして、君の手紙を読んで、僕と同じ考えをもった悪魔が存在していることに感動を覚えたよ。


そうだよ。悪魔だって、環境によって優しくなれるんだよ。


そしてメーユと出会って愛を知ることだって出来た。


そうか…


だから僕もメーユも天使の魔法が解けて、元の姿になったんだね。


この悪魔の姿に……。」


テガーは、自分の手のひらをジッと見つめていました。


その長くするどいツメを恨むかのように…。



「でも驚いたわ… テガーが悪魔だったなんて…まったく気づかなかったわ…テガーは優しくしてくれたから。」


メーユがそう言うと


「僕だってまさか君が本当に悪魔だと思わなかったよ。 メーユはみんなに優しかったからね。」


とテガーは言い返しました。


「2人とも悪魔失格ね。」


メーユがそう言うと2人は少し微笑んだあと、悪魔の姿のまま抱き合いました。




そして、しばらくの間、テガーとメーユに沈黙が続きました。




「この姿のまま、ここで暮らしていけるかな…」


テガーが口を開きました。


少しの沈黙の後、


「そうね、この姿では天国の住民が怖がるといけないから、誰もいない森の奥に引越しましょう…」


メーユは自慢だった毒針のついた尻尾を、忌まわしそうにみながら答えました。


テガーは言いました。


「僕のお店も今日で終わりだよ。」


メーユは答えました。


「残念だけど、仕方が無いわね…」


テガーとメーユはお店を閉めると、明日の朝、森の奥へと引越すことを決めました。


その夜、2人は一緒の布団で寝ることにしました。



悪魔の羽根と尾っぽが布団からはみ出してしまいましたが、気にしません。


2人で暮らせることが嬉しかったからです。


本当ならテガーのお店も続けて、天国の住民とも仲良く過ごしかったのですが、2人はそれを口にしませんでした。



メーユとテガーは疲れていたのか、すぐに眠りへとつきました…。




テガーのお店へと近づく存在に気づかずに… 


エピローグ



メーユは暖かい光りで目を覚ましました。


テガーのお店の窓からは、日差しが気持ちよく入り、それが目覚ましがわりになっていました。


メーユは周囲を見回すとテガーのお店で寝たことを思い出しました。


メーユは隣で寝ていたテガーを見ると、全身を布団でくるんだままイビキをかいて寝ています。


メーユはつい、

「フフッ」と笑ってしまいました。


メーユはこのままテガーを寝かせてあげようと思いましたが、そうはいきません。


今日は引越しの日です。


早くお店を片付けて、森の奥へと行かなければなりません。


誰にも悪魔の姿を見られないように…。


メーユは布団の端を掴むと… 


「それっ‼︎」


っといってテガーの布団を引っ張りました。


目を覚ましたテガーは


「もう少し寝かせてくれよう」


と寝ぼけながら布団の中から、反対の端を持って抵抗しています。


メーユも負けずに布団を引っ張っています。


そしてお互い意地になり、布団の引っ張り合いになってテガーの布団が少しめくれた時でした。



メーユは言いました。



「て、テガー……」



「テガー、起きて…」


メーユのただ事ならぬ感じにテガーは飛び起きました。


「どうしたんだいメーユ‼︎」


メーユの顔をみてテガーは驚きました。


それと同時に


メーユはテガーを見て驚きました。


2人は同じ言葉を同時に言いました。



「もとに戻ってる‼︎」



2人の姿は可愛いヤギの姿に戻っていました。


すると、驚く2人の目の前が突然、七色に光りました。


何度か見たことのある光です。


光の中から台車ネコがあらわれました。


「ゆうびーん」


台車ネコはそう言うと、テガーとメーユに1通の手紙を渡してどこかに消えました。


それは魔法の手紙でした。


差出人の名前はありませんでした。



2人は封筒を丁寧に開け手紙を取り出すと、読み始めました。




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テガーとメーユへ


おめでとう。


君たちは無事に試練を乗り越えて愛を知ってくれたね。


そして魔法は解けて、約束どおり本来の悪魔の姿に戻ったね。


でも君たちには、まだやることがあるんだ。


だから僕は君たちを、またその姿に戻したのさ。


この世界にときどき君たちのような悪魔が迷い込んでくるんだ。


その悪魔たちに愛を伝えてあげて欲しいんだ。


僕が君たちにしたように…。


君たちなら僕よりもっと上手く悪魔に愛を伝えることが出来るはずだよ。 


僕は君たちを見て、そう確信したからこそお願いしてるんだ。


悪魔だってきっと誰よりも優しくなれる。


そう思うだろ。


じゃあ、頼んだよ。





元悪魔の天使より


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テガーとメーユは読み終わると顔を見合わせて驚きました。



「あの天使が、もと悪魔??」





どれくらい時間経ったのでしょう。


2人はたくさん話合いそして決めました。



「悪魔が優しくなれること。


誰も簡単には、信じないかも知れないけど、メーユと僕ならそれを証明できる。


だからこそ、僕たちはここで過ごさなきゃいけないんだよ。


一緒にここで暮らそう、そしてお店も再開だ‼︎」


テガーがそう言うとメーユは答えました。


「そうね、テガー。ふたりでこの世界に迷い込んできた悪魔を救ってあげましょう。」



その時でした。



テガーのお店をノックしているような音に気づきました。


少し小さな音のノックでした。


メーユがドアを開くと、鳥の坊やがくちばしでノックしていました。


「坊や‼︎」


メーユとテガーは元気そうな坊やの姿に安心しました。


「この前はありがとうごさいました。」


と坊やは簡単にあいさつを済ますとメーユとテガーに言いました。


「メーユさん、テガーさん、大変です。

今度は南の街に悪魔があらわれたそうです。」


メーユとテガーは目をあわせました。


「行こう、メーユ」


そういうと、テガーは力強くメーユの手をとりました。


メーユもテガーの手をギュッと握りました。



そして、2人は南の街に向かいました。













その2人の背中には、天使の翼が生えていました。 













メーユと魔法の手紙

終わり